三重県真珠養殖漁業協同組合の情報
五ヶ所真珠養殖漁業協同組合・阿児町真珠養殖漁業協同組合・波切真珠養殖漁業協同組合・布施田真珠養殖漁業協同組合・和具真珠養殖漁業協同組合・御座真珠養殖漁業協同組合の6組合は平成15年5月1日に合併して三重県真珠養殖漁業協同組合を発足させました。
1.事務所の所在地 |
本所 三重県志摩市志摩町和具1896番地36 [TEL]0599-85-0865 [FAX]0599-85-5812 五ヶ所支所 三重県度会郡南伊勢町五ヶ所浦727番地4 [TEL]0599-66-0167 [FAX]0599-66-1523 和具支所 三重県志摩市志摩町和具1896番地36 [TEL]0599-85-0459 [FAX]0599-85-5812 |
---|---|
2. 組合員数 |
正組合員 92人 准組合員 79人 合計 171人 |
3. 役員数 |
理事 6名 監事 2名 |
4. 職員数 |
6名 |
5. 事業規模等 |
事業規模 販売事業取扱高・・・13億円 購買事業取扱高・・・36百万円 資産総額 319百万円(自己資本221百万円) |
6.事業経営の基本方針 |
組合は、組合員及び地域社会に貢献できる組織としての体制を整備するとともに、合併により強化された組織基盤を活用して効率的、効果的な事業を展開し、組合員の経営安定をはかる。 また、生産の場である海洋環境の維持保全対策等に積極的に取組み、環境と調和しながら永続的に展開する産業としての基盤を確立する。 |
7. 上記データの日付 |
令和5年4月1日 |
三重県真珠養殖漁業協同組合のシンボルマーク

アコヤ貝をモチーフに上に伸びる姿は、組合員と組合の明るい未来にむけて躍進する姿を表し、中心のピンク色の真珠は輝かしい真珠の未来を象徴しております。又、ブルーのストライプは、風光明媚な浦湾を表しています。
このシンボルマークは271点の中から選ばれました。
三重県津市の由井活道さんの作品です。
和具真珠養殖の歴史
伊藤幸一氏が大正2年に真珠養殖を始めた。
昭和8年頃から和具に於いても真珠養殖が本格的に経営され、約40名が地元のみならず九州大村湾方面にも進出したが大東亜戦争の激化により中断した。戦後昭和23年再開、その後飛躍的な発展をとげ最盛期の昭和40年には水揚高12億円に達した。
和具真珠養殖漁業協同組合の歴史

沿革
1. 昭和24年4月1日、戦後真珠養殖業の再開とともに養殖事業に着手した地元業者20名を以って和具真珠協同組合を設立した。
2. 昭和27年4月1日、漁業法改正により第1回真珠区画漁業権が免許され組合員数78名となる。
3. 昭和37年2月24日、全国的な真珠関係組織の整備に伴い、組合を改組し和具真珠養殖漁業協同組合を設立し、正組合員数106名となる。その後、信用、購買、販売の各事業を行い業務を拡張し正組合員数は160名となった。しかし昭和44年頃の真珠業界の大不況により正組合員は減少し昭和53年には134名となった。
4. 昭和53年3月、新事務所(鉄骨2階建、320㎡)が完成する。
5. 昭和54年から真珠業界も回復し始め昭和58年度には305千万円の真珠取扱高となった。
6. 平成3年11月、事務所増築し473㎡となる。
歴代組合長
氏名 | 就任 | 退任 | |
初代 | 石原 一博 | 昭和24年4月 | 昭和30年3月 |
二代 | 松田 音吉 | 昭和30年4月 | 昭和38年12月 |
三代 | 田辺 耕治 | 昭和38年12月 | 昭和47年5月 |
四代 | 山本 吉治 | 昭和47年5月 | 昭和56年5月 |
五代 | 山本 佐喜生 | 昭和56年5月 | 昭和62年5月 |
六代 | 城山 勇 | 昭和62年5月 | 平成5年6月 |
七代 | 山本 誠 | 平成5年6月 | 平成15年4月 |
正組合員数
平成7年度 | 平成8年度 | 平成9年度 | 平成10年度 |
91名 | 84名 | 75名 | 75名 |
平成11年度 | 平成12年度 | 平成13年度 | 平成14年度 |
72名 | 66名 | 63名 | 60名 |
真珠取扱高
生産量 | 単価 | 合計金額 | |
平成7年度 | 508,853匁 | 2,552円 | 1,298百万円 |
平成8年度 | 348,604匁 | 3,091円 | 1,077百万円 |
平成9年度 | 252,332匁 | 4,128円 | 1,041百万円 |
平成10年度 | 165,303匁 | 3,499円 | 578百万円 |
平成11年度 | 261,448匁 | 2,798円 | 731百万円 |
平成12年度 | 210,020匁 | 2,451円 | 514百万円 |
平成13年度 | 268,989匁 | 2,451円 | 514百万円 |
平成14年度 | 221,886匁 | 2,451円 | 489百万円 |
五ヶ所真珠養殖の歴史
1903年(明治36年)に迫間浦の北村幸一郎氏が、迫間浦で真珠養殖を始めた。
1908年(明治41年)7月、御木本幸吉氏は五ヶ所湾に着目し、真珠養殖事業の進出を図った。
五ヶ所真珠養殖漁業協同組合の歴史

沿革
1. 昭和36年3月10日、五ヶ所真珠養殖漁業協同組合を設立し、正組合員113名となる。
2. 昭和36年11月18日第1回真珠入札会を二葉旅館において開催した。
3. 昭和39年7月22日、獅子島に「真珠貝供養塔」が完成した。
4. 昭和30年代の華々しい飛躍の10年間から、40年代は不況のどん底に見舞われる。生産過剰、世界的不況、
流行の変遷などいくつかの原因が一気にふきだしたのである。
5. 昭和42年12月には余剰真珠の凍結に協力して、真珠を調整保管真珠として全真連へ提供した。
6. 昭和48年に入って、ようやくにして真珠業界に光明がさしてきた。
7. 昭和53年には真珠価格も上昇して安定化は不動のものとなった。
8. 昭和53年には国立養殖研究所設立が確定した。
歴代組合長
氏名 | 就任 | 退任 | |
初代 | 西井 善四郎 | 昭和36年4月 | 昭和40年2月 |
二代 | 幸田 隆 | 昭和40年3月 | 平成3年3月 |
三代 | 西井 徹 | 平成3年3月 | 平成15年4月 |
正組合員数
平成7年度 | 平成8年度 | 平成9年度 | 平成10年度 |
85名 | 85名 | 84名 | 84名 |
平成11年度 | 平成12年度 | 平成13年度 | 平成14年度 |
83名 | 80名 | 79名 | 78名 |
平成15年度 | |||
64名 |
真珠取扱高
生産量 | 単価 | 合計金額 | |
平成7年度 | 186,344匁 | 4,848円 | 903百万円 |
平成8年度 | 187,141匁 | 3,824円 | 715百万円 |
平成9年度 | 173,246匁 | 3,824円 | 763百万円 |
平成10年度 | 133,513匁 | 3,745円 | 763百万円 |
平成11年度 | 124,057匁 | 4,329円 | 537百万円 |
平成12年度 | 163,844匁 | 2,933円 | 480百万円 |
平成13年度 | 156,983匁 | 2,933円 | 447百万円 |
平成14年度 | 172,575匁 | 2,344円 | 447百万円 |
平成15年度 | 147,474匁 | 2,954円 | 435百万円 |
阿児町真珠養殖の歴史
阿児町においては志島の小川小太郎氏の養殖真珠業界における先駆者としての名を忘れてはいけない。
明治 20 年頃、神明のきとだ浦、昌禅寺浦等で研究を続け、同村の厳島(俗称弁天島)周辺で天然真珠を産するアコヤ貝の人工養殖に成功し、養殖真珠の第一歩を開拓した。また、町内では神明の辻岡寅市氏、立神の番條孫一氏、原条新五氏等がこの時代の養殖業者の先駆者として名が挙げられる。
明治 21 年御木本幸吉氏は、神明浦多徳島においてアコヤ貝の養殖に着手、二年後の明治 23 年に飼育の貝を使用して、真珠養殖の試験を始め、明治
26 年に初めて半円殻つき真珠養殖を産出、同 29 年半円殻つき真珠養殖の特許権「真珠素質被着法」を得る。
阿児町真珠養殖漁業協同組合の歴史

沿革
昭和44年7月18日、阿児町真珠養殖漁業協同組合を設立した。
歴代組合長
氏名 | 就任 | 退任 | |
初代 | 西﨑 貞三郎 | 昭和44年7月 | 昭和48年2月 |
二代 | 森本 隆治 | 昭和48年2月 | 昭和53年5月 |
三代 | 西﨑 重男 | 昭和53年5月 | 昭和63年5月 |
四代 | 西﨑 浅雄 | 昭和63年5月 | 平成9年5月 |
五代 | 西﨑 弘 | 平成9年5月 | 平成15年4月 |
正組合員数
平成7年度 | 平成8年度 | 平成9年度 | 平成10年度 |
42名 | 42名 | 42名 | 42名 |
平成11年度 | 平成12年度 | 平成13年度 | 平成14年度 |
40名 | 40名 | 39名 | 39名 |
真珠取扱高
生産量 | 単価 | 合計金額 | |
平成7年度 | 93,898匁 | 3,094円 | 290百万円 |
平成8年度 | 96,737匁 | 3,943円 | 381百万円 |
平成9年度 | 67,576匁 | 3,897円 | 263百万円 |
平成10年度 | 26,638匁 | 3,897円 | 99百万円 |
平成11年度 | 55,776匁 | 3,422円 | 190百万円 |
平成12年度 | 48,277匁 | 3,235円 | 156百万円 |
平成13年度 | 45,876匁 | 2,054円 | 156百万円 |
平成14年度 | 47,304匁 | 3,064円 | 156百万円 |
波切真珠養殖の歴史
大正5年12月に石泉源一郎氏が字当茂地にて真珠貝養殖を始める。
波切真珠養殖漁業協同組合の歴史

沿革
昭和36年12月16日、波切真珠養殖漁業協同組合を設立した。
歴代組合長
氏名 | 就任 | 退任 | |
初代 | 林 一雄 | 昭和36年10月 | 昭和41年9月 |
二代 | 野村 孝男 | 昭和41年9月 | 昭和45年4月 |
三代 | 天白 長末 | 昭和45年4月 | 昭和46年7月 |
四代 | 小河 一郎 | 昭和46年7月 | 昭和47年9月 |
五代 | 小河 功 | 昭和47年9月 | 昭和54年5月 |
六代 | 天白 正人 | 昭和54年5月 | 昭和57年5月 |
七代 | 松井 一二 | 昭和57年5月 | 昭和58年7月 |
八代 | 橋爪 照雄 | 昭和58年7月 | 昭和60年5月 |
九代 | 中井 正樹 | 昭和60年5月 | 平成15年4月 |
正組合員数
平成7年度 | 平成8年度 | 平成9年度 | 平成10年度 |
37名 | 33名 | 29名 | 27名 |
平成11年度 | 平成12年度 | 平成13年度 | 平成14年度 |
26名 | 26名 | 26名 | 26名 |
真珠取扱高
生産量 | 単価 | 合計金額 | |
平成7年度 | 67,985匁 | 2,286円 | 155百万円 |
平成8年度 | 67,985匁 | 2,811円 | 128百万円 |
平成9年度 | 34,011匁 | 2,740円 | 93百万円 |
平成10年度 | 38,931匁 | 3,202円 | 124百万円 |
平成11年度 | 47,254匁 | 3,318円 | 124百万円 |
平成12年度 | 39,573匁 | 2,802円 | 110百万円 |
平成13年度 | 55,974匁 | 2,022円 | 110百万円 |
平成14年度 | 41,598匁 | 2,022円 | 118百万円 |
布施田真珠養殖の歴史
明治から大正の終わり頃まで英虞湾は今の状態とは想像もつかないものであった。海上には筏もビン玉も浮かんでいないし、時々漁船か荷船が通行するさびしい海だった。この自然以外何物もなかった。しかし、真珠湾(英虞湾)はその名の通り真珠母貝の全国有数の発生地であった。もちろん天然に海底の岩石などに稚貝が附着発生して何等人工を加えず自然に大きくなり3年、4年、5年の品を母貝と称した。布施田は英虞湾で浜島、和具を凌ぐ母貝生産第一位で漁業協同組合が管理していた。
昭和初期から、鈴木利八氏の技術員斡旋により南善助氏、鈴木大太郎氏、浅野徳太郎氏、宇田信一氏等が真珠養殖を始めた。
自分たちの親戚、知人に勧めて布施田に20名くらいの業者ができた。そのころには全国に100名程度の業者があった。布施田の業者の規模は零細だが員数は他村他県、1地区の業者より多かったのが特長である。地域として九州の一部4~5名、四国に2~3名、和歌山、阿曽に1会社、五ヶ所に御木本、南勢町迫間地区、神明賢島、志摩町に越賀、和具、間崎、布施田、片田と船越、立神の七ヶ村で、波切、名田、安乗、国府、甲賀、鵜方、御座、浜島などには業者はなく漁場は広々としていて筏の浮かんでいる姿を英虞湾ではあまり見ることができぬほどだった。
その頃「布施田の厘珠」という名声は高くなり、東京、神戸、大阪の真珠仲買人、加工業者等からさかんな注文があった。
終戦2,3年後には戦前廃業した業者も開業するものも現れた。また仲買業者中にも養殖を兼業するものもあり、布施田は第2次真珠養殖時代を迎えた。戦前の組合員180名には戦後数年にして復活した。戦後加工に輸出の急激な需要が生じ、アサヒ真珠養殖株式会社、山勝真珠株式会社、南勢真珠株式会社が忙しく加工輸出に従事した。当時はじめレート(円の為替相場)は1ドルに対し日本円は50円だったがすぐ150円となり、続いて360円に下落した。この下落は輸出業者にとって有難かった。すなわち1万ドルの品を送ると初めは50万円しか換金されなかったのが360万円の換金になったからである。
日本に初めて業種別組合布施田真珠養殖漁業協同組合を組織した。組合長南平左衛門、副組合長西岡光夫、組合員20数名だった。
布施田真珠養殖業業協同組合の歴史

沿革
1. 昭和8年、布施田真珠組合(申し合わせ組合)を結成し、組合長に南平左衛門就任、以来35年間在職し業界発展に尽くす。
2. 昭和29年2月10日布施田真珠養殖漁業協同組合を設立す。真珠業界最初の業種別組合として発足して業界の注目を浴びる。組合員は法人として設立当時274名であった。
3. 昭和39年6月、鉄筋コンクリート3階建の事務所が完成する。うち1階の一部を布施田連絡所、3階を公民館として使用している。
歴代組合長
氏名 | 就任 | 退任 | |
初代 | 南 平左衛門 | 昭和29年2月 | 昭和43年2月 |
二代 | 西岡 健一 | 昭和43年3月 | 昭和47年2月 |
三代 | 浜口 輝男 | 昭和47年3月 | 昭和49年2月 |
四代 | 田辺 時生 | 昭和49年3月 | 昭和52年2月 |
五代 | 中村 松次 | 昭和52年3月 | 昭和62年3月 |
六代 | 南 時和 | 昭和62年4月 | 平成4年9月 |
七代 | 山本 穂積 | 平成4年10月 | 平成10年5月 |
八代 | 山本 せん一 | 平成10年6月 | 平成15年4月 |
正組合員数
平成7年度 | 平成8年度 | 平成9年度 | 平成10年度 |
170名 | 170名 | 170名 | 137名 |
平成11年度 | 平成12年度 | 平成13年度 | 平成14年度 |
137名 | 101名 | 68名 | 68名 |
真珠取扱高
生産量 | 単価 | 合計金額 | |
平成7年度 | 458,160匁 | 2,286円 | 1,047百万円 |
平成8年度 | 353,896匁 | 2,286円 | 898百万円 |
平成9年度 | 259,238匁 | 2,286円 | 739百万円 |
平成10年度 | 170,418匁 | 2,593円 | 441百万円 |
平成11年度 | 229,369匁 | 1,921円 | 440百万円 |
平成12年度 | 201,484匁 | 1,918円 | 386百万円 |
平成13年度 | 220,890匁 | 1,302円 | 287百万円 |
平成14年度 | 203,491匁 | 1,302円 | 373百万円 |
御座真珠養殖漁業協同組合の歴史

沿革
1. 昭和24年12月漁業法の改正公布に伴い本村字鳥賊浦湾において当時小規模に稚貝養殖ならびに真珠養殖事業を営んでいた
少数の業者が任意組合を組織した。
2. 昭和35年末には組合員数35人余を数えるに至った。
3. 昭和36年4月10日付けで三重県知事の許可を得て御座真珠養殖漁業協同組合が発足した。
歴代組合長
氏名 | 就任 | 退任 | |
初代 | 山本 世樹 | 昭和36年4月 | 昭和40年3月 |
二代 | 山本 正一 | 昭和40年4月 | 昭和42年3月 |
三代 | 山本 世樹 | 昭和42年4月 | 昭和45年7月 |
四代 | 山本 憘隆 | 昭和46年2月 | 昭和49年8月 |
五代 | 山本 春一 | 昭和49年9月 | 昭和58年1月 |
六代 | 中村 樹生 | 昭和58年2月 | 平成5年3月 |
七代 | 山本 幸信 | 平成5年4月 | 平成15年4月 |
正組合員数
平成7年度 | 平成8年度 | 平成9年度 | 平成10年度 |
22名 | 22名 | 20名 | 19名 |
平成11年度 | 平成12年度 | 平成13年度 | 平成14年度 |
19名 | 17名 | 16名 | 16名 |
平成15年度 | |||
16名 |
真珠取扱高
生産量 | 単価 | 合計金額 | |
平成7年度 | 63,534匁 | 2,052円 | 130百万円 |
平成8年度 | 2,1502匁 | 2,797円 | 60百万円 |
平成9年度 | 33,396匁 | 3,422円 | 114百万円 |
平成10年度 | 19,657匁 | 1,665円 | 32百万円 |
平成11年度 | 14,415匁 | 3,183円 | 45百万円 |
平成12年度 | 26,936匁 | 2,207円 | 59百万円 |
平成13年度 | 25,733匁 | 2,075円 | 53百万円 |
平成14年度 | 31,234匁 | 1,687円 | 52百万円 |
平成15年度 | 12,948匁 | 2,703円 | 35百万円 |